河井継之助の写真館

河井継之助ゆかりの地を写真と解説付きで紹介します。

河井継之助の写真館一覧

河井継之助記念館
河井継之助記念館は、長岡市長町にある河井継之助生家跡にあります。平成18年に、市制100周年・合併記念事業の一環として整備されました。
栄涼寺
栄涼寺は、長岡市東神田にあり、上越新幹線とJR信越本線の線路脇に位置しています。この栄涼寺には、河井継之助や長岡藩主の牧野家、三島億二郎、小千谷談判に同行した二見虎三郎らのお墓があります。
ガトリング砲(ガトリングガン)
河井継之助を語る上で欠かせないものとして、この「ガトリング砲」があります。河井継之助がこの日本に三門しかなかったガトリング砲を二門も購入したのは、河井継之助が目指していた長岡藩の武装中立実現のためです。
八丁沖古戦場
八丁沖古戦場は、長岡市富島というところにあります。当時はこの辺は沼地で、一面葦が茂り、魔物が棲んでいるといわれていました。河井継之助は、中央部は底なし沼になっており渡河は不可能とされていたこの八丁沖を渡って、長岡城奪回を試みます。
蔵王堂城跡
蔵王堂城跡は長岡市西蔵王の金峰神社に隣接しています。蔵王堂城は、長岡城が築かれるまで、堀氏の居城でした。この地で信濃川の対岸の西軍と激しい砲撃戦が繰り広げられました。
長岡駅前(米百俵まつり)
米百俵まつりとは、毎年秋に行なわれるお祭りで、長岡が誇る「米百俵の精神」をテーマに、秋の収穫祭とあわせて誕生しました。その米百俵まつりの風景から、パチリ。
長岡駅前(長岡城跡)
JR長岡駅は、長岡城の城跡の本丸があったところに建設されました。城下町といえば、お城や堀など、当時の様子が多少なりともわかるものが残っている場合が多いですが、長岡の場合は、北越戊辰戦争と第二次世界大戦の空襲という二度の戦災によって、城下町としての姿を失いました。
悠久山(長岡市郷土資料館)
蒼柴神社を抜けて、悠久山を登っていくと、お城の形をした「長岡市郷土資料館」があります。その途中に、河井継之助の顕彰碑が大きく建っています。
悠久山(蒼柴神社)
悠久山(ゆうきゅうざん)は、長岡市悠久町にあり、JR長岡駅の東口からバスが出ています。この悠久山は、桜の名所としても有名で、僕も毎年のように訪れています。この悠久山には、蒼柴(あおし)神社、お城の形をした長岡市郷土資料館があります。
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